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ユーザ日記 > アニエス > アニエス日記 薔薇パーテイ 2012/05/20 6:13 pm







薔薇パーテイ
5月は温度が25度以上なかなかならず雹が降ったり雨だった竜巻だったりでお花が咲くかどうかすごく心配したが見事に咲いてくれた。 友人宅でバラパーテイを行った。花の開花に目指して行事を行うのはいつも難しいものだ。
4種類ぐらい料理を作って、ワインをのんで、花好きがあつまった。
しゃべる人と黙っている人にわかれてしまうが、又酔いにまかせて言わななくてもいいことをいってみたり、スマホを購入した人がおり、講習会になったり、 いずれにしても機械についていくのは大騒ぎだ。操作のしかたが 難しく、腱鞘炎になってしまったとのこと。若者対象にできているので、aged peopleにはいずれも大変だ。早く、しゃべってできるのができるといい。 目が見えない、字がよめない。バーテリーチャージが難しい。いろいろアプリはあるけど使いこなすのが難しい。使いこなすことが困難。
せっかく美しい薔薇があるのだから、絵手紙やろうと言うことになりめいめい好きなようにかいた。上手に描こうとしないこと。うまい人はうまいなりにかくこと。描くことは薔薇を見つめることになり、花の美しさも解り、脳裏にやきつけるには すごくいいこと。 いつもみれども見えず生活をしているから。たまにはじっくり見つめることも必要。
ボタニカルアートは決めたルールがあって、難しいので、好きなようにえがくこと。雰囲気だけでもいいから、やってみる。で描いた。
ハガキ大のケシゴムで削って絵を押している人がいたので、私の絵用のサイン用の印鑑を作ってくださるようにたのんだ。 (篆刻 )
近所の薔薇湯をやるhot spring にいって、綺麗な体をしている若い人にバラパーテイの帰りよといったらこシャレテいるね!といわれた。
バラの名前
(濃いピンク)
メアリーローズ
(絵を書いたバラ)
ピエールドロンサール
あと、他に
アブラハムダービー
ヘリテージ
ワイフオブバス
イングリットバーグマン
あと名前のわからないのが1本と、赤いミニバラ
伊奈町の薔薇園、コンサート、イングリッシュ・ガーデンと出会ったばかりの人と行くことになった。
AM 1422, 6:45の放送を聞いて、ベートベン第一、リスト編曲、第4楽章のピアノ演奏するからといわれ、ラジオは 2局しかはいらないし、 PC で聴けるるというので 検索して、やっとまにあった。聞くことができた。放送開始2分後にやっとつながった。ヒヤヒヤものだった。
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gigo > 我が家の植栽 我が家の植栽【8】 2012/05/18 6:00 am
小松菜は、大量の種が取れそうです。
種をまいてから今年は長い時間がかかれました。やっと、二葉になりましたが、さて、何になるのでしょうか 今のところ不明です。
次回の掲載は未定です。このエントリーの情報
gigo > 我が家の植栽 我が家の植栽【7】 2012/05/17 9:00 pm
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gigo > 我が家の植栽 我が家の植栽【6】 2012/05/17 6:00 am
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gigo > 我が家の植栽 我が家の植栽【5】 2012/05/16 9:00 pm
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ユーザ日記 > アニエス > アニエス日記 自然教育園 2012/05/15 1:27 pm
自然教育園
国立科学博物間付属
かわせみの子育て{矢野名誉研究員}


























カワセミの生態の講義を聴きに言った。30-40人が来ていた。赤ちゃんも多く皆退屈してなきだしている。
朝3時30起きで4時かわせみの巣にたどりつく生活を送っていた研究員だった人の講義だった。巣作りとか、つがいにどうやってなるかとか、育て方とか、ヴィデオ、赤外線写真機をつかって、いろいろな統計をとっていた。餌、ドジョウ、金魚、ザリガニ、めだか 外来魚がきてメダカなど食べてしまうので、メダカを守るために池を土壌までひあがらせて外来魚の卵の駆除をした。
巣の現場と隠し小屋(ヴィデオ撮影用)をみる。 落ち葉がそのままで、ふかふかとしずむ。6月の上高地、西穂高を思いだした。毎年カワセミが来るとはかぎらないそうだ。
水生植物園の水辺にあやめも咲いていたが、余りも貧弱でおどろいた。 普段華美なお花をみすぎているから。大きさ。12-3cmくらい背中光ったブルー。足小さい、短い。くちばし長い。つるはしの用につかう。
池もハムレットのオフェリアが浮かんでいたような(絵もある、映画もある)鬱蒼とした森や木々、草花にかこまれているような水辺、何か懐かしい。
松が大木になっていて。 倒れた木はそのままにしてある。なるべくいじらないようにしているとか。300人まで入れるので、その人々に危険なことは避けるが。
ホウチャクソウがさいていた。 ホタル草に似ているが野性的で地味なもの。
猿のこしかけ、水生植物園にガマの穂がたれさがっていた。
この森は広尾に勤めていた頃毎日横を通ったが、始めて入園してみる。白金台から。
春夏秋冬いつ来てもいいのでは。 整えられていない、自然。
庭園美術館は工事中だった。新装オープンかな?
国立科学博物間付属
かわせみの子育て{矢野名誉研究員}












カワセミの生態の講義を聴きに言った。30-40人が来ていた。赤ちゃんも多く皆退屈してなきだしている。
朝3時30起きで4時かわせみの巣にたどりつく生活を送っていた研究員だった人の講義だった。巣作りとか、つがいにどうやってなるかとか、育て方とか、ヴィデオ、赤外線写真機をつかって、いろいろな統計をとっていた。餌、ドジョウ、金魚、ザリガニ、めだか 外来魚がきてメダカなど食べてしまうので、メダカを守るために池を土壌までひあがらせて外来魚の卵の駆除をした。
巣の現場と隠し小屋(ヴィデオ撮影用)をみる。 落ち葉がそのままで、ふかふかとしずむ。6月の上高地、西穂高を思いだした。毎年カワセミが来るとはかぎらないそうだ。
水生植物園の水辺にあやめも咲いていたが、余りも貧弱でおどろいた。 普段華美なお花をみすぎているから。大きさ。12-3cmくらい背中光ったブルー。足小さい、短い。くちばし長い。つるはしの用につかう。
池もハムレットのオフェリアが浮かんでいたような(絵もある、映画もある)鬱蒼とした森や木々、草花にかこまれているような水辺、何か懐かしい。
松が大木になっていて。 倒れた木はそのままにしてある。なるべくいじらないようにしているとか。300人まで入れるので、その人々に危険なことは避けるが。
ホウチャクソウがさいていた。 ホタル草に似ているが野性的で地味なもの。
猿のこしかけ、水生植物園にガマの穂がたれさがっていた。
この森は広尾に勤めていた頃毎日横を通ったが、始めて入園してみる。白金台から。
春夏秋冬いつ来てもいいのでは。 整えられていない、自然。
庭園美術館は工事中だった。新装オープンかな?
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ユーザ日記 > アニエス > Pick up 英語 Rosetta Stone 2012/05/14 10:05 am
大人のための英語教科書
ブレンダン・ウイルソン
山本史郎著
からの抜粋




The Frenchman Jean-Francois Champollion took up the challenge. He applied Young’s method to other special hieroglyphs, the gradually to ordinary hieroglyphs too. The key was the hieroglyph for Rameses.
When Champollion understood haw this four-part hieroglyph spelled out the sound ‘Ra-m-s-s’, he rushed to his brother’s office, exclaimed’ I’ve got it!’ – and had to spend the next five days in bed.
Over the next ten years, Champollion provided sounds for most known hieroglyphs, and on a visit to Egypt in 1828, he succeeded in reading proclamations from the past – messages which no one had read for fifteen hundred years ore more.
つづいて難題に挑戦したのは、フランス人のジャン=フランソワ・シャンポリオンだった。シャンポリオンはヤングの方法を他の特別な神聖文字に当てはめていって、その後で、普通の神聖文字にもその方法を広げていった。
鍵となったのは、「ラムセス」を表わす文字だった。この4っつの部分からなる文字が「Ra-m-s-s」の音を意味しているだろうと言うことを理解したとき、シャンポリオンは兄のオフイスに駆け込んで、 「分かったぞ!」と叫んだ_そして、続く5日間はベッドに寝たきりになった。
シャンポリオンはその後10年の間に知られている殆どの神聖文字の音を確定し、1828年にエジプトを訪れた時には、過去の宣言文を読むことに成功した。1500年以上の間、誰にも読むことのできなかった文書だった。
As a ten-year-old boy, Champollion had been shown some hieroglyphs and told that no one could read them. He promised that he would one day solve the mystery.
In 1832, having written up the notes, drawings and translations from his Egyptian visit, he died of a stroke, aged 41. He had achieved his childhood dream.
シャンポリオンは10歳の頃、神聖文字を見せられ、誰もそれを読むことができないのだと言われた。きっといつの日か、自分が秘密を解き明かしてみせると少年シャンポリオンは言った。
彼は1832年、エジプト旅行から持ち帰ったノート、スケッチ、翻訳を清書し終えたところで、脳卒中で死んだ。41歳だった。少年の頃の夢を実現した人生だった。



注:ロゼッタ・ストーンのことはどこかゴーギャンの絵の解説を聞きに行ったときに聞いたような気がするが、定かではない。世界史をやっている人は皆知っていると思うが、知識があると感性に邪魔になるとか言って、言葉とか単語をキチンと覚えない癖をつけて、だいたい見当つけて発音するので良く叱られている。
旅行に行くのにも、行ってからいろいろ調べるので、あとづけ。固定観念にとらわれるからと思うわけだけれども。 いずれもよく怒られている。知識がないわね、常識がないわねと。
きちんと知識として持っていないと英文は理解できないことも多い。
暗号が訳もなく好き。 数学がだめだから。数字のことは理解できない。
脳卒中=stroke 発作と言う意味でもあるけれど、水泳のひとかきの時にも使う。
ブレンダン・ウイルソン
山本史郎著
からの抜粋



The Frenchman Jean-Francois Champollion took up the challenge. He applied Young’s method to other special hieroglyphs, the gradually to ordinary hieroglyphs too. The key was the hieroglyph for Rameses.
When Champollion understood haw this four-part hieroglyph spelled out the sound ‘Ra-m-s-s’, he rushed to his brother’s office, exclaimed’ I’ve got it!’ – and had to spend the next five days in bed.
Over the next ten years, Champollion provided sounds for most known hieroglyphs, and on a visit to Egypt in 1828, he succeeded in reading proclamations from the past – messages which no one had read for fifteen hundred years ore more.
つづいて難題に挑戦したのは、フランス人のジャン=フランソワ・シャンポリオンだった。シャンポリオンはヤングの方法を他の特別な神聖文字に当てはめていって、その後で、普通の神聖文字にもその方法を広げていった。
鍵となったのは、「ラムセス」を表わす文字だった。この4っつの部分からなる文字が「Ra-m-s-s」の音を意味しているだろうと言うことを理解したとき、シャンポリオンは兄のオフイスに駆け込んで、 「分かったぞ!」と叫んだ_そして、続く5日間はベッドに寝たきりになった。
シャンポリオンはその後10年の間に知られている殆どの神聖文字の音を確定し、1828年にエジプトを訪れた時には、過去の宣言文を読むことに成功した。1500年以上の間、誰にも読むことのできなかった文書だった。
As a ten-year-old boy, Champollion had been shown some hieroglyphs and told that no one could read them. He promised that he would one day solve the mystery.
In 1832, having written up the notes, drawings and translations from his Egyptian visit, he died of a stroke, aged 41. He had achieved his childhood dream.
シャンポリオンは10歳の頃、神聖文字を見せられ、誰もそれを読むことができないのだと言われた。きっといつの日か、自分が秘密を解き明かしてみせると少年シャンポリオンは言った。
彼は1832年、エジプト旅行から持ち帰ったノート、スケッチ、翻訳を清書し終えたところで、脳卒中で死んだ。41歳だった。少年の頃の夢を実現した人生だった。



注:ロゼッタ・ストーンのことはどこかゴーギャンの絵の解説を聞きに行ったときに聞いたような気がするが、定かではない。世界史をやっている人は皆知っていると思うが、知識があると感性に邪魔になるとか言って、言葉とか単語をキチンと覚えない癖をつけて、だいたい見当つけて発音するので良く叱られている。
旅行に行くのにも、行ってからいろいろ調べるので、あとづけ。固定観念にとらわれるからと思うわけだけれども。 いずれもよく怒られている。知識がないわね、常識がないわねと。
きちんと知識として持っていないと英文は理解できないことも多い。
暗号が訳もなく好き。 数学がだめだから。数字のことは理解できない。
脳卒中=stroke 発作と言う意味でもあるけれど、水泳のひとかきの時にも使う。
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ユーザ日記 > アニエス > Pick up 英語 Rossetta Stone 2012/05/13 8:39 am



大人のための英語教科書
ブレンダン・ウイルソン
山本史郎著からの抜粋
Through the Rosetta Stone had been found by the French, in 1802 hey were forced to hand it over to the British, who began work on decoding it.
What made the Rosetta Stone so precious? Its special importance lay in the fact that same text was inscribed on the stone three times-in Greek, in demotic, and in hieroglyphics.
Scholars quickly learned from the Greek version that the text was a judgment made by Egyptian priests in 196BC. But how was that meaning carried by the hieroglyphs?
ロゼッタ石を発見したのはフランス軍だが、1802年、彼らはそれをイギリスにわたさなければならなくなったので、解読の仕事をはじめたのはイギリス人だった。
ロゼッタ石はなぜそんなに貴重なのだろうか? その理由は、同じ内容なことが、三度繰り返され、ギリシャ語、民衆文字、そして神聖文字によって石に刻まれているという点にある。
ギリシャ語の部分から、研究者はすぐに、それが紀元前196年にエジプトの神官によって下された判決文であることを知った。しかし、神聖文字はそのような意味をどのようにして伝えているのだろうか?


The physicist Thomas Young, as a holiday amusement, studied the special hieroglyphs surrounded by a line.
He guessed that these stood for important people. Beginning with the names Ptolemy and Berenika, whose sound was known, Young gradually matched shapes with sounds. However, like most experts,
Young thought that hieroglyphs were basically picture writing. Hew thought that hieroglyphs were basically picture writing.
He thought only the hieroglyphs with lines around them stood for sounds. Young had made a crucial first step, but he then lost interest in hieroglyphs.
物理学者のトーマス・ヤングは、休暇の暇つぶしに、1本の線によって囲まれた特別な神聖文字を研究した。そして。それが重要人物を意味するのだろうと見当をつけた。
プトレマイオス、ベレニカなどの、読み方が知られている名前からはじめて、ヤングは次々と形と音を結び付けていった。しかしながら、ほとんどの専門家と同じように、彼は神聖文字を基本的に象形文字だと考えていた。
そして線に囲まれた神聖文字のみが音をあらわしているという考えだった。ヤングは極めて重要な第一歩を踏み出したたが、そこで興味を失ってしまった。
注;絵文字だったのだ。。。
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ユーザ日記 > アニエス > Pick up 英語 大人のための英語教科書 2012/05/12 8:14 am
大人のための英語教科書
ブレンダン・ウイルソン
山本史郎著
からの抜粋







The Rosetta Stone
For centuries, the Egyptian hieroglyphs had kept their ancient secret. Not even the greatest minds had been able to decode them. Then in the summer of 1798 came a breakthrough. At Rosetta in northern Egypt, a group of soldiers in Napoleon’s invading army were demolishing an ancient wall to make an extension to their fort, when they found inside the wall, a stone with a remarkable set of inscriptions… the Rosetta Stone.
何世紀の間、エジプトの象形文字は古代の秘密をしっかりと守ってきた。世界で最高の頭脳でさえそれを解き明かすことができなかった。
ところが1798年の夏に、大発見があった。北エジプトのロゼッタでナポレオンの侵略軍に所属する兵士のグループが、要塞を拡張しようと古い壁を砕いていたところ、この中に、組になったすばらしい碑文の刻まれた石が埋め込まれているのを発見した。
これがすなわちロゼッタ石である。



In ancient Egypt, there were in fact three writing systems. Hieroglyphics were for formal things: for everyday purpose, the Egyptians used ‘demotic’ and ‘hieratic’ scripts, which were basically simplified version of hieroglyphics. Sadly, all three scripts died out around 400AD, killed by spread of Christianity. The spoken language continued, evolving into Coptic, but a new script based on Greek was used for writing it. In its turn, the Coptic language also died, overwhelmed by Arabic. By 1100AD, all links to the ancient Egyptian writing system had been broken, and it looked as if their meaning might be last for ever.
古代エジプトには、3種類の文字体系があった。格式張ったことには「神聖文字」が用いられた。日常的な用途には,「民衆文字」と「神官文字」が用いられたが、これらは基本的に「神聖文字」が簡略化されたものだった。
残念なことに、この3種類の文字はキリスト教の普及によって、期限400年ごろに滅んでしまった。しゃべり言葉はそのまま生き続け、進化してコプト語になったが、それを書き記す際にはギリシャ語を基にした新たな文字が用いられた。
しかしそのコプト語も、やがてアラビア語に圧倒されて死に絶えた。起源1100年までには、古代エジプトの文字体系との繋がりがすべて絶たれ、そこに書かれている意味は永遠に失われてしまったかにみえた。
注:ロゼッタストンがなんであるかという見識しないでいくら読んでも聞いても、解らない文章。歴史的な常識がないと、何度読んでもわからない。知識なしに何も理解できない。
ブレンダン・ウイルソン
山本史郎著
からの抜粋






The Rosetta Stone
For centuries, the Egyptian hieroglyphs had kept their ancient secret. Not even the greatest minds had been able to decode them. Then in the summer of 1798 came a breakthrough. At Rosetta in northern Egypt, a group of soldiers in Napoleon’s invading army were demolishing an ancient wall to make an extension to their fort, when they found inside the wall, a stone with a remarkable set of inscriptions… the Rosetta Stone.
何世紀の間、エジプトの象形文字は古代の秘密をしっかりと守ってきた。世界で最高の頭脳でさえそれを解き明かすことができなかった。
ところが1798年の夏に、大発見があった。北エジプトのロゼッタでナポレオンの侵略軍に所属する兵士のグループが、要塞を拡張しようと古い壁を砕いていたところ、この中に、組になったすばらしい碑文の刻まれた石が埋め込まれているのを発見した。
これがすなわちロゼッタ石である。



In ancient Egypt, there were in fact three writing systems. Hieroglyphics were for formal things: for everyday purpose, the Egyptians used ‘demotic’ and ‘hieratic’ scripts, which were basically simplified version of hieroglyphics. Sadly, all three scripts died out around 400AD, killed by spread of Christianity. The spoken language continued, evolving into Coptic, but a new script based on Greek was used for writing it. In its turn, the Coptic language also died, overwhelmed by Arabic. By 1100AD, all links to the ancient Egyptian writing system had been broken, and it looked as if their meaning might be last for ever.
古代エジプトには、3種類の文字体系があった。格式張ったことには「神聖文字」が用いられた。日常的な用途には,「民衆文字」と「神官文字」が用いられたが、これらは基本的に「神聖文字」が簡略化されたものだった。
残念なことに、この3種類の文字はキリスト教の普及によって、期限400年ごろに滅んでしまった。しゃべり言葉はそのまま生き続け、進化してコプト語になったが、それを書き記す際にはギリシャ語を基にした新たな文字が用いられた。
しかしそのコプト語も、やがてアラビア語に圧倒されて死に絶えた。起源1100年までには、古代エジプトの文字体系との繋がりがすべて絶たれ、そこに書かれている意味は永遠に失われてしまったかにみえた。
注:ロゼッタストンがなんであるかという見識しないでいくら読んでも聞いても、解らない文章。歴史的な常識がないと、何度読んでもわからない。知識なしに何も理解できない。